「パソコンソフトを開発する昭和31年生まれの全盲者」


 月刊誌「致知」(ちち)2010年8月号に掲載されていた、静岡県立大学の国際関係学部教授の石川准先生のインタビュー記事です。その一部を抜粋しました。途中省略した部分もありますが、私が気になったところだけを載せています。

石川「私自身は高一の時、網膜はく離で全盲になりましたが、三十代前半から視覚障害者向けのソフト開発に取り組んできました。パソコンに入力した文章を、音声や点字に自動翻訳するソフトなどを手がけ、いまではインターネット検索やメールの送受信といったほとんどの操作を行なえるようになりました。・・・・・・・・私自身は、やはりその時代時代において、「頑張れば実現できること」や「実現しておくべきこと」というのがあるように思うんです。」

石川「光を全く失ってしまったのは、高校一年のときでした。・・・・・・退院後は東京教育大付属盲学校に入りましたが、他の盲学校と違い、そこには進学を目指す視覚障害者が大勢集まっていました。・・・・・彼らと接するなかで、いままで自分が視覚障害者に対して持っていたイメージとは全く違うことや、頑張ればいろんな可能性が広がっていることを感じました。・・・・・・・」

―――――――先生方にどんなことを教わりましたか。
石川「やはり一本芯を持って生きるということですね。先生方は誰に言われたわけでもなく、自らの意思で盲学校の教師となり、障害のある生徒を教えている。そうやって自分の物差しで生きているというか、誰に何を言われようと俺はこれで行くんだ、ということを心に決めておられるように感じました。」

石川「自分はこれで行く、と覚悟を決めて仕事をしている人は、やっぱり力があるんですね。どんな仕事でも、そういうつもりでやらないとモノにならないと思います。こんな仕事をしていて何になるんだと考えているような人は、いつまでたってもよい仕事はできないと思います。」

―――――――もともとソフトの開発の知識はお持ちだったのですか。
石川「いえ、コンピュータプログラムの文法すら全く知らず、本当に一からのスタートでした。一冊の本を何度も何度も読み返すような形で、日夜研究に励みました。なかでも大変だったのは、プログラムの誤りを除去する「デバッグ」という作業です。目が見えていれば、その支援しているソフトを使えるのですが、私にはそれができないために開発効率が落ちてしまう。毎晩推理小説の犯人探しを必死にやっている状態でした。」

石川「世の中には、今の自分にはできないことはできないこととして、ありのままの自分を認めていこうという考え方がありますが、私は、できなかったことをできるようにするのが好きなんですね。これは持論ですが、私は問題の対処の仕方として「解決」と「解消」の二通りがあると思うんです。もしなんでもかんでも無条件で肯定するということになると、問題自体を「解消」つまり最初から問題はなかったことになる。でも私は「解消」ではなく「解決」をして行きたい。きっとそのプロセスが好きなんでしょう。」

――――――――以上本の内容を掲載しました。
健眼者の私には、彼らより多くの手段があるにもかかわらず、「できない」で済ましてしまうことが多い、つまり「解消」してしまっている訳ですが、そう考えると「あきらめない」というのは、問題「解決」にむけたひとつの姿勢なので、これから先も「あきらめない」姿勢で貫きます。