「動機付け」


 1924年創刊の「子供の化学」がありますが、この雑誌86年も続いている子供向けの科学雑誌だそうです。ものをつくるという工作の動機を、今は、「宿題をやらなくてはいけないから」「母親に工作教室に連れて行ってもらったから」といった動機で取り組むことが多い、つまり、子供たち自身が能動的かつ積極的に工作に関わろうとする意識が薄いのが現状だそうです。
  この編集長が考えたのは「動機付けから始める」ということです。子供たちがどうやったら手を動かす気になってくれるか。それを考えたのです。
  『たとえば、こんな具合に設定を与えます。「無人島に流されたら、君は科学の力で生き残れるか?」。漂着物はジュースの空き缶一個しかない。さてこれで火をおこすにはどうすればいよいか。缶の底をピカピカに磨き、凹レンズにして、太陽の光を集め、火をつけよう・・・・・』このように演出を加えると「やってみようかな」という気になる。こんな記事は人気があります。』といったことが書いてありました。
  「動機付け」というのは、仕事についても十分にいえます。仕事でプログラムを覚えるのは、仕事としてやらなければならないから、当たり前ですが、それも「仕事をする」という動機ではあります。その動機は当たり前なので、その程度であれば、誰でも出来る訳です。 
  仕事としてやらされている人は、ただ仕事でプログラムを覚える、書かれていることだけを覚える、そんな気持ちで習得した人と、仕事以外の動機をもってプログラムを覚えた人では、かなりの開きが出てくるように思えます。それはどんなところで分かるかというと、問題を解決する姿勢に出てきます。 
  やらされている人は、問題解決の方法をいくつも見つけられません。最後は「分かりません」という答えで投げ出してしまいます。動機をもって取り組んだ人は、問題解決の糸口をいくつも探してきます。その姿勢が身についている人は、自分が経験したことのないものへの取り組みにも躊躇しません。 
  子供も大人も「やりなさい」といってやらされているものには、工夫も努力も改善もみられません。自分がおもしろいと思ったり、興味をもったものは、「これできたらいいな」「本当にできるのかな」とか、「じゃあ、やってみよう」という動機があります。だから取り組みにも熱が入ります。大切なことは、言われてからやる仕事は、何年やっても自分の身につかない、あるいはみについても深みがない。そんな程度なのかと感じさせるものになります。 
  会社にいて仕事をする時間は一日の3分の1、仕事をやっているわけですから、仕事がおもしろくないとか合わないと思って時間を過ごすのは、無駄です。やめて新たな道をさがしたほうが間違いなくいいですね。どんな仕事も与えられた仕事を自分なりの動機付けして仕事に取り組む、その姿勢を身につけた人は、どんな仕事もいい仕事ができそうです。また逆に、いわれた仕事だけをやっていると、10年たっても仕事に対して知識の底が浅いような気がします。
  なにも今、10年後を考える必要はないと思います。身近な仕事を一生懸命やったら10年経ったと気付く生き方が私は好きですね。それこそ将来を気にして悩んだりするよりは、確かな気がします。
  どうかすると将来性を気にして転職したり、不安だから大きな会社を目指すのもいい、あるいは資格をとるのもいいのです、ただ仕事にどれだけ一生懸命取組んだか、そしてそれをどのくらい続けられたかで次が決るような気がします。どんな仕事も熱心に一生懸命やる、そして「気が付いたら10年」の方に私は掛けています。