「夢は与えられるのではなく自分でみるもの」


 先日、テレビを観ていてこんな言葉を大学の先生が言われていました。「夢は与えられるものではなく、自分でみるものだ」。自分で夢を持つことがその先生にとって、いろんなアイデアが生まれてくる源泉なのだということを言われていました。
 私自身、人生に夢があるので、会社が昨今の経済状況の中でも、我慢できるのだと思います。いろんな出来事に落胆することもあるし、思うようにならないことも多々あるのですが、だからといって希望がなくなることはありません。人はいろんな生き方をしています。人生観、価値観、親、血筋、教育、環境、学歴、双子でも性格が違ったりします。だからすべて同じ人はいないと思います。考え方や行動が、他人と違うからといって、おかしなわけでもないのですよね。自分の生き方が正しいとか間違っているとか、ということもないのかもしれません。
 正しいとすれば、何が正しいのかということになるし、間違っていれば、何が間違っているのかという事になる。正しい基準とはなにか、社会の基準みたいなものを通して判断して言っていることもあると思いますが、人生に正解はなくて、その人の生き方そのものでしかないのではないかと思えるのです。おとなしい人もいれば、おしゃべりな人もいる。記憶がいい人もいれば、すぐ忘れる人もいる。頭のいい人もいるのです。それらの人たちは、もって生まれたものを使っているだけで、それをいいの悪いのとはいえないと思います。
 社会生活をする上で守らなければならないルールはあるので、ルールは守る。その中での個性は人それぞれでいいわけですから、相手を自分の思い通りにしようと考えることはずいぶん大胆ですよね。そのことで、悩んでいる自分がいるとすれば、それは解決しないテーマを抱えてるようなもので、人生の終わりまで解決できないのではないかと思えてしまいます。
 なぜ、こんなことを書くかといえば、会社も人の集まりなのです。その中で組織だとか、就業規則だとか、労基法だとかに制限された中で仕事しているわけで、この一集団もいわば独自の集団なわけですから、同じ会社がほかにあるわけではありません。ほかの会社と比較して、ココが悪いとか、ここがおかしいとか言ってみても、何を基準にするかです。
 一流企業を基準にしても、規模、人数、売り上げ、組織、ありとあらゆるもので違うのですから、同じ考えということはありえないのです。そんな会社といっしょにされたら、社員さんの悩みは相当なものになります。でもそうならないのは、社員の人も、あるところで、線をひいて、同じではないのだとちゃんと理解しているのかも知れません。
 だから会社は、こうでなければいけないという会社はないのです。人に例えるなら、学校も行かず、ひたすら自分のやりたいことをやっている人がいていいわけです、もちろん夢があるから、夢をみているからやっているだけです。世間はどうかと言えば、規格品を好む人たちが多いので、規格外の会社が現れたら、戸惑うかもしれません。
 そんなわけですが、私は夢を持っているから会社を続けられる。そのことだけを言いたいのです。どんな夢か、それは会社で作ったソフトが広く世の中で使われることです。そして売上を上げて、雇用を増やすことです。これは果てしないぐらい根気強く、やることかもしれません。明日売上が急にあがるのか、10年、20年後そうなるのかわかりませんが、見返りがないからといってやめてしまうことはしません。すぐさま手に入るものなどないし、時間と手間をかけることが最短なのだと思ってやっています。