「非属の才能の将来性」


 最近読んだ本で「非属の才能」山田玲司(著)があります。非属、つまり「どこにも属せない感覚」のことを言うのだそうです。この本の中で次のような文が載っていました。
★「長嶋茂雄よりいい選手はいくらでもいた」それでも彼が天才とよばれ、「球界の神」にまでなったのは「ボールが止まって見える」といったずば抜けた才能がゆえではなく、妙な英語や派手な空振りといった言動やカリスマ性など、案外「野球の才能以外」のせいだったりする。長嶋の存在は、当時の野球界の常識からかけ離れていた。彼は自分の感性に従って、周囲に流されず、ただただ長嶋茂雄を生きたのだ。天才の構成要素は、ちょっとした才能と大いなる努力、そして、群れの価値観に流されず、「自分という絶対的なブランド」を信じ続ける「自分力」なのかもしれない。
★「グーグルの入社試験」・・・グーグル社には、世界中からとびきり優秀な変わり者」が集まってくるという。人材募集の方法が実におもしろい。「{"e"のなかで、最初に出てくる連続した10桁の素数}.com」とだけ書かれた広告を載せたそうだ。(答えは7427466391.com)
  これは高度な数式を解く能力と、「この看板はなんだろう」と疑問に思い立ち止まって考えることのできる能力のその二つを兼ねそろえた「優秀な変わり者」こそがグーグルの原動力となっている。
★今の時代、みんなと同じような生き方をする、そんな恵まれた時代は過ぎさった。
――――――――― 
 この非属の才能は今日のことだけではないですね。昔から、変わり者はいただろうし、異端児として迫害された人たちもいたのですが、ほとんどの人たちはみんなと同じようなことをみんなにあわせてやってきたのだと思います。だから「非属の才能」をもった人たちがいるのは、その人たちは選ばれた人たちで、みんながみんな非属になったらそれは非属にはならなくなるし、非属であるから価値があるので、今後もみんなと同じ生き方をする人はいるだろうし、みんなと違った人たちも必ず出てくる、そう思います。
 私は、今の経済情勢の中で、どうやって売上を伸ばすかというのが一番やらなければならないことです。そこでみんなと同じことをやっていてはダメだということになるのですが、『非属の才能』を読んだ直後では、そのとおりだと十分に納得したのですが、よくよく考えてみると、そのような才能は創ろうと思っても出てくるものではないということです。私が『非属』になってみても、なにも生まれてこない。
 非属より、今ある現状の中で、どう考えるかではないかと思います。私は、どんなに恵まれてた環境でもアイデアなんてそうそう生まれてくるものではないし、どうやったら売上を伸ばせるかなんて、そんなに簡単な話ではないと思います。お金をかけたら、また人材を集めたらできるのかですが、時間と手間は、どんな場合でも絶対的にかかる要素ではないかと思っています。
 今をやらずして、なぜに未来があるのか、『非属の才能』の人たちは、将来に不安を感じて、その時、自分を捨ててしまったら、今日は無かったのです。将来に不安を感じるのは、経済事情が大きいと思いますが、『非属の才能』の持ち主は、どう考えていたでしょうか。よくよく考えると、今という時間は誰でも生きているわけです。どう考えても、今と言うこの瞬間を死んでいる人はいないのです。動物の世界では、不安とか心配は天敵が遠ざかるまでの数十秒、せいぜい数十分だったと書いてありました。人間は何年も不安や心配を抱え続けられるから、人間のほうが特別かもしれません。これってすごいことでしょうか。
 将来に対しての不安は、自分より先にきている人たちをみてそう思うのかもしれません、逆に今最高に幸せであったら、将来も幸せと考えることができるかというと、そうでもなさそうなので、現代社会がどんな場合でも人間を不安にしてしまっているのかもしれません。『非属の才能』の人たちは、将来をどう考えたのか、みんなと同じように不安を持っていたとすれば、どう乗り越えたのか。乗り越えたのではなく、不安に思っても仕方無かったのではないか、その道しか歩めなかったのではないか、結果として気付いたら成功していたというのが私の見方です。私も今の道を歩むしかありません。