「わからないことのはじめに解はない」


 人生分からないことはたくさんある。それは自分のことで他人には関係ないから、自分が解決しなければならないですね。そのときに問われるのは、どうしたらよいか分からない場合の対応ですが、これが一番難しいです。 
  そんなとき、全て分からないのか、それとも分かるものがあるのか、あるのであれば、まずはそこが糸口と私は考えています。その分かる部分がきわめてわずかであっても、そのわずかの手がかりからスタートするしかないのです。この根拠といえるものはないのですが信じているだけです。
  どうしたらよいか分からないから対応できないのであって、分かっていればとっくにやっているはずです。会社をやっていると、実は分からないことが多い、しかし分からないから何もしないでいいというわけにはいかない。つねに求められる立場なので、それがただしいかどうか分からなくてもひとつの解を出すしかない。 
  万が一それでうまくいけばいいし、やっぱりと思える結果としてもそれもひとつの解なので、そこからまた次の解を求めていくしかないのです。分からないことをやる難しさは、それをどこまで続けるかですが、解が出るまで、ひたすらやるしかないと思うのもひとつなのです。 
  いまここで書いていることは、自社商品の販売ことをいっています。さあ、どうやったら売れるのかとなるのです。今の自分にできることは、なんでもいいからやってみることです。 
  もうひとつ解決のきっかけになるかもしれないと思っているのは、見当違いかもしれないが「無益の益」、つまり直接利益につながらない、それでもやり続けることで違う形で利益につながるという考えです。このことは、直接利益につながらないから、人はやろうとはしないのですが、私はそこにも何か気が付かないものがあると思っています。 
  やり続けていくと見えてくるものがあります。それは、最初には想像できなかったこと、思いつかなかったことです。それはやった人でないと分かりません。つまり最初から思いついていたらやっていますね。ですから分からなくてもやってみた結果、時間の経過とともにまた違うものが出てくるということを実感しています。私はよく本を読みます。ですが本に書いてあることからヒントを得たくても、それは過去の考えであって、プロセスがなく今の結果を書いている本が多いので問題の解決に遠いのか近いのかが分からないのです。 
  今みているものは過去であって、未来もそうであるのかは分かりません、基準は「自分はどう考えるのか」だと思っています。過去のできごとに囚われないで、目の前の出来事に集中して取り組むことが一番求められていると私は考えています。そして「まずはできることからやる」そしてそれを繰り返していれば「必ず広がる」。これは私の信念です。 
  粘り強く繰り返しやることがつぎのステップにつながる。私に信念があるとすれば、分からないからといって何もしないのではなく、分からなくても「どうすればいいのか」それを問い続け思考錯誤することです。まったくの暗闇だとしても、止まっていては何も起こらないので何かにぶつかるまで歩きます。もし少しでも明かりがあればそこを目指します。そんなときそれが正しかどうかなんて考えないですよね。分からないことをやるというのはそういうことだと思うようになりました。はじめに解はないのです。すぐ見つかる解ならとっくに誰かやっていますよね。 
  コマーシャルに「自分の語学を活かしたいのですが」と女性が訴える場面があるのですが、でも答えは「きみエクセルできる?」、能力を活かす仕事に就くか、今求められているものをやるか。どちらかやった結果それがその人にとって、うまくいけばそれがその人の解です。はじめに解を求めても実はないと思います。