「未曾有の大被害」


 
3.11の東日本大震災は、かつて経験したことの無い地震によって、町が無くなるような未曾有の被害をもたらしているのはみなさんご存知のことです。首都圏の混乱もあり、仕事にも影響している今回の地震ですが、このようなときどうすればいいのか。被災地に対しての支援だけでなく、私たちもその影響によってさまざまなことがこれから起こってくると予想されます。まさしく他人事でなくなりました。しかし、対岸の火事が自分たちにも影響するような出来事は、地震だけに限りません。国際情勢だって日本経済にすぐ影響を与えたりするのは、記憶に新しいところでリーマンショックで景気が後退してしまったケースもあります。これは経済というダメージですが、これだって、簡単に克服できるものではないし、もう何年も抜け出せないでいます。どうすればよいかすら分からないのが現状でした。
  自然災害は、破壊されたら、建設することになるのですが、それはある意味方向性が見えています。でも経済は、どうすれば景気がよくなるのかということに、これと言った方向性が見えていないように思います。そう考えると自然災害の冷淡さで、死者や家屋の破壊が行なわれますが、それに対した家、道路やインフラといったさまざまな公共事業も伴って、また新たな資本の循環が行わるので、不謹慎かもしれませんが、災い転じて福となる要素をもっているように思います。もちろん被災者の方の悲しみは、どんなものにも比べられませんし、それを補うことすらできません。
  元に戻せるものと戻らないものがありますが、戻せるものや新たに作り出せるものに期待、希望を抱くことがひとつの救いのようにも思います。今回の災害から、自分が頑張りさえすればなんとかなるような、そんな生易しいものではなくなったとき、自分さえよければとか、自分のことだけといったことを考えていてもとても解決できるものではないですよね。
  まわりも含めて助け合うことが、今回のような未曾有の災害には求められているように思うのです。それは自分だけがよくなるとか、自分さえいい思いができればいいものではないです。おそらくいろいろな労力を惜しみなく提供することが求められてくるように思います。それによってもたらされるのは、自分に対しての褒美でもないし、自分に対しての物理的に大きな見返りでもないように思います。
  市場原理、利益志向、実力主義、成果主義、さまざまなビジネスモデルが提供されてきました。これは米国や欧州といった海外からもたらされたケースが多いのですが、そのことによって、自分が勝ち抜くことをより意識させられたわけです。しかし現実は、その勝ち残れる人たちは一部で、その他大勢はそれについていくことすらできなかったのが現実ではないかという気がしています。
  大資本、大企業、一流会社、上場会社などの企業が追い求めているビジネスモデルによって実は中小企業はあえぎ苦しんでいるのが現実のような気がするのは私の妄想でしょうか。自然災害はみんなの力が必要ですが、経済社会、資本主義社会も一部の企業さえ勝ち残れば、いいのだということばかりだと、経済は良くなっていかないのではないかというのが、私の泣き言です。中小企業はそれほど力があるとは思いません。リーダーカンパニーさえ頑張ればよくなるというだけではないような気がします。
  私は自然の災害も経済不況も乗り切るしかないわけです、たとえ乗り切れなくても前に進むしかないのです。未曾有の災害、千年に一度といわれるぐらいの経験をたまたましたわけです。したくないという自分の意思なんて全く関係ないのです。さあ自分だけ生き残ろうとする意思が通用するのか、みんなも助け合おうという気持ちが救われるのか、これまた、さまざまな人たちがいるので、考えなんてみんな違うし否定も肯定もできませんが、私の場合は、自分で信じた道をすすむのみです。