今年もお山に登りました 

 早いもので、もう7月を迎え、今年、3回目の石鎚山に登るということを実現することができました。2年前に、私がお付き合いしている社長に誘われて石鎚山に登って以来、毎年その社長に全ての段取りをやって頂いて、おかげさまで3年続けてお山に登ることができました。

 石鎚山という山の紹介は去年もこのNABIC通信に書きましたが、ご神体が3体石鎚山の頂上に祭ってあり、7月1日が山開きで、10日間だけご神体が頂上に祭られるのです。その山に登ってそのご神体を拝んで下山するだけのことですが、朝5時の開門と同時に登り、3時間ぐらいで頂上に着きます。ただ一つ他の山登りと違うのは、着ているものが白装束で、足は地下足袋という修行僧のような恰好をすることです。それと、入山するときに沐浴をするということ。石鎚山は霊山といわれていますので、当然の儀式なのかもしれません。鎖場では地下足袋の下にわらじを履きます。
地下足袋は鎖場を登りやすくするし、わらじは足場のすべり止めとクッションのような役割がありますから、非常に役立ちます。白装束でなぜ登るのかというと、昔ながらの石鎚教という山岳宗教の恰好がそうなのです。それを守り続けている、それに従っているだけです。私は石鎚教という宗教には入っていませんが、二つの理由からいつも参加させて頂いています。ひとつは、神聖なものに接することができるということ。普段は触ることも観ることもできないご神体に、接することができるのです。それも7月1日から10日間だけという限られた期間だけです。もうひとつは、霊山に登るという行為が普段の生活ではまずないので、1年に1度ぐらいはそんな時間と経験があってもいいと思って参加しています。

 霊山ですので、山に登られる方の大半は50代、60代の方が多いように思います。今年は89歳というお年寄りの方とお話しする機会があったのですが、その方はどう見ても89歳には見えません。60代でも十分通る方なのですが、50年石鎚山にお参りに来られているということを聞いて2度びっくりしました。足腰がお丈夫なのと、歯が入れ歯ではなく自分の歯だということを聞いて、ただただ驚くばかりでした。一番言っておられたのが「なんでも続けることですよ」。

 自分も80歳になっても、その89歳の方のように健康でありたいと本当に思いますね。きっかけは色々ありますが、私はなんでもそうだと思うのですが、「続けること」、これが1番大切なのではないかと思います。なぜなら、何もしないでも次の機会は訪れます。ただ、その機会が訪れたとき、果たして「よしやろう」という気にさせるかというと、何もやっていなければ難しい気がします。続ける意義を見出せなければ多分やりません。マラソンなど、月に100キロは走っていないと、マラソンに参加することが無謀になってしまいますし、山に登るのだって、きつい思いをして登ったとして、毎年毎年続けるためには、やはりなにかしらやっていないと続くものではないと思います。

 経営も全く同じことが言えるのです。何もしないで会社が存続し続けることはできないのです。今私が経営者としてやっていることは全て会社を存続させるためのことです。