「スポーツライフ」

    6月末から7月にかけての1週間は、日曜日に100キロのマラソン大会に出場し、その週の土曜には1982mの石鎚山に登り、と体力ばかり使う1週間だった。
その中での色々な方との出会いも楽しいものだった。65歳で100キロマラソンを完走している人との会話では、海外のマラソン大会に参加されているだけでなく元新聞記者ということもあり、外国から見る日本のマラソン事情といったことを聞かせていただいたのが非常に興味深かった。
 年齢からは想像できないような事をやっておられるその姿を自分の延長線上に置いてみると、「体力の限界、肉体の限界、年なんだから」という言葉を私が言うのも恥ずかしくなる。
身近な人から「そろそろ年なんだから、やめたら?」なんて言葉で言われても、私より年上の人がやっているスポーツなのだから、やめる気がしない。心配して言ってくれているのはわかるが、実際やっているのは私だし、恐らく私がどう思うかだけだ。いつかはできなくなる。その時がいつ来るかだけで、その時まで好きなスポーツをやっていれば良いのだ。
「あんたぐらいの年齢でそんなに体を使っていたら寿命を短くするから、やめた方がいいよ」と親切に言っていただく方もいる。
寿命なんて短くしようと思えば、肝臓を悪くするぐらい酒を飲んで、1日中チェーンスモーカーになって煙草を吸って、睡眠も満足にとらなくて、食事も少なくすれば、間違いなく短くなりそうだが。ただ医学が発達しているので、いくらでも延命処置ができるから、体はボロボロでも長生きできてしまう。果たしてこれで楽しいのかというと、私はいやだ。健康というのは、精神的にも肉体的にも充実している状態を言っているような気がする。
 マラソンをやっていて思うことは、体は維持していくものであって、自然に放っておいたら老化に伴って筋肉も衰えていく、ということだ。でも、体をトレーニングしている状態は、体をある一定の状態に維持できているので、あまり衰えを感じさせない。そのことと寿命がどう関係してくるのかはわからない。寿命はその人が持っている運命みたいなもので、来るべきときがくれば、それはスポーツをやっていようがやっていまいが、ハイさようなら、というものではないだろうか。
 私のやっていることは、周りからは、無理なことをやっているように見られているようだ。本人にしてみると、特に体を壊したわけでもないし、体を動かしているうちに、100キロのウルトラマラソンにも参加したりするようになった。悪い事はまだ無さそうだし、やれると思っている間は続けていくつもりだ。
 100年前と比べると、寿命は延びている。70歳といっても元気な方を沢山知っているし、定年といっても、今どき50歳定年なんて考えられない。55歳定年でも早すぎる気がする。生活環境だとか食べ物だとかの影響があるのだと思う。
 スポーツだって進歩しているのだ。今年はオリンピックがもうすぐ始まるが、世界記録だって毎回更新されている。そう考えると、スポーツの世界も科学が入ることで運動能力を高める技術も向上しているし、身近にもスポーツドリンクなどエネルギーの補給ができるものが沢山出回っている。私もアミノ酸の補給ができるもの等で、体を維持したりしている。スポーツ科学が発達することで、スポーツを楽しめる年齢を高めているような気がする。だから、いくつになっても体も精神も若さを保っていたい。精神的な若さの秘訣はというと、やはり若い人たちの中にいることだ。だから若い人から避けられないように注意している。マラソンをやっているうちは、まだ若い仲間もいるので、若い人たちの中に混じっていられる気がする。