体育会系 

 ある会社の親睦パーティーに招待されたので、当社の営業と2人で出掛けてきました。
驚いたのは、営業部の報告の段階になって、営業部に所属する社員の方が壇上に出てきて一人ずつ挨拶をするのですが、第一に声が大きい。二つ目に若い、平均年齢20代前半の人達。三つ目に営業成績について、自分たちの実績を声いっぱいに報告することです。
まずは挨拶から「おうっす」。なんでこんなにも元気があるのだろう。
「今日この壇上に立てたのは、XXX部長のおかげです」「自分はどうしようもない人間でしたが、このような自分の面倒を見てくれたXXXさんには、感謝でいっぱいです」こんな調子の報告が1時間以上も続いたのには驚かされました。

 どんな商品を売っているかというと、家のリフォーム用の機材なのですが、これを営業マン一人一人が売って歩くのです。
「今年8月は2億の売上を上げることができました」なんていう報告が次から次に出てくるのですから、どんな教育をしたらそうなるのか非常に関心を持ったのですが、聞けずじまいでした。
まさしく「体育会系」です。売れてなんぼの世界ですから、休みもなしに売り歩く、営業の基本がそこにあるような気がしました。
熱意、情熱、がんばり、根性、まさしく体育会系のノリなのですが、この不景気に業績を伸ばしている会社とはこのような元気のいい会社だろうと思いました。
学歴というか大学で学んだ知識が有効なのは、ある一部の業務で、それ以外の営業部門だとかは、むしろ体育会系のノリの方が、今の時代を生き抜くにはよいのかもしれない。
ただ、体育会系の「イケ、イケドンドン」方式では、将来的な展望は開けてこないのではないかと思います。

 要するに全てが「学歴」、あるいは全てが「体育会系」というのではなく、うまく使い分けをしながらやるのが、これからの企業にとって必要ではないかと思います。
ここで学歴というのは、大学さえ出ていればよいということではありません。要するに、専門知識が必要なところ、部署でいえば管理部門だとか、研究所、学校といったところではないかと思います。
つまり「学歴偏重」なんて考えても、企業は生き残れないという時代なんです。大切なのは何かということです。また、どうすれば業績を上げることができるかということです。
そのことを頭で考えていただけでは勝てないということを言いたいのです。

 経済学者では、会社を存続させ伸ばすことができない。学問的領域の中のことを、実社会に持ち込んでも勝てない。
経営とは実際にやってみて実感して得ることができた人だけが、工夫と改善と努力を惜しみなくした結果得られるもので、それは学問的体系があるわけではない。
経営という学問がないのは、そのあたりかもしれない。何故ならそれは、実学だからです。沢山の会社ができ、また沢山の会社が潰れていくのが、現実の世界です。
成功して、大企業として業績を残せるのはごく少数かもしれないけれど、存続していくのであれば、まだまだ可能性はあります。
体育会系でも40億という売上を上げることができます。

 当社がまだその域にも達していないのは、理論理屈ではなく売上を上げ利益を上げること、社員の結束、必死で売りまくる姿勢に徹していないからだと思います。