「私にとってすべては続けること」


  早くも3月、年次総会まで1ヶ月だが、それまでに草案を作っておかなければならない。
ナビック17周年、売上、事業規模、人、資金どれをとっても、問題山積である。一つ一つの問題の中で、今の技術者に必要なものをと思って言い続けてきたのがコミュニケーションである。5年は経ったと思う。もっと以前から言ってきたことだと思うが、わかっていてもできない、あるいは機会がないといったこともあって、みんなの気持ちが一つにならない。それでもコミュニケーションがうまくいっている技術者が何人かはいる。キャリアパスとして教育したわけではない。コミュニケーションが大事だと言い続けただけだ。
 営業もナビックの場合、新規開拓といったことを積極的にしなかった割には、40社近くの取引先と関わりを持っている。これは先方が訪問してきたケースが大方であるにしても、営業担当を設けて挨拶に来られた相手の方と関わりを持ってもらった成果だと思う。これも営業という部署を設けて続けてきただけなのだ。
 営業部署を設けて、早いもので6年が経過した。決して劇的とは言わない、長く緩やかに流れてきたというのが実感である。つまり大きな変化をもたらすものは何ひとつできなかった。何も成果が出ない営業だったが、こちらにも問題があることがわかったし、その問題の解決のために、営業経験者を呼ぶのではなく、営業担当を1から育てなければ駄目だという結論を出したのも、営業部署を設けたことによる一つの教訓であった。
 またもう一つ、ナビックは受託開発をやっている。これも続けている。技術者を派遣している企業の殆どは受託開発から足を洗っている。どこも利益を見出していないからだろう。ナビックも例外ではないが、いまだにこだわり続けている。そんな中で最近、受注があった。気持ちは嬉しい。この気持ちがきっと原動力なんだろう。
 売上を上げること、利益を出すこと、これらは資本主義経済の中で、一般企業の義務である。利益を出すから事業を展開できるのだし、給料も上げられるのだが、利益が出なければ、会社は非営利団体と化してしまう。それは本来の目的ではない。あくまで民間企業として、会社を継続させ、売上を上げ、利益を出す努力を惜しまない。我々は生きていく糧をお金を通して買っているのだから、ある意味生活のために働いていることは間違いない。その生活を支える企業が潰れてしまってはいけないのだ。
 だからナビックは「継続し貢献する」のだ。それは社会生活を営む上で絶対条件として私は考えている。生活の一部である以上、仕事をないがしろにしては絶対にいけない。仕事がいい加減であれば、生活がいい加減になるような気がする。つまり人生に関わってくるほどに、仕事というのは重要なことなのだと私は思っている。
 私は会社の将来性は、個人の将来性によるものだと思っている。その人自身に将来性を見出しているし、自分の将来性を信じるべきだと思っている。なぜなら、未来なんて誰もわからないのだから、自分に都合のいい未来を描いていればいいのだと思うからだ。暗い未来も、明るい未来も自由に描けるのであれば、私は明るいナビックの発展した未来を勝手に描いている。
20周年まで3年ある。どれだけナビックを発展させられるか、楽しみである。それはどれだけ皆さんが自分の明るい未来を信じたかに他ならない。