「3度目の敗戦」


  今年の挑戦も終わった。サロマ湖100キロウルトラマラソンに挑戦して3度目、またしても完走ならず。4つの関門をクリアしたが、73キロ地点8時間55分ぐらいでリタイヤ。眠気が差し、視点が定まらなくなり、走るというより歩く状態でも倦怠感などが出てきて「もう走らなくてもいいや」「休みたい」「横になりたい」そう思ってしまって、その誘惑に負けたのが敗因である。
 私が10時間以上のウォーキングをやったときに同様の経験をした覚えがあるが、その時は我慢しながらでも歩いた。それは制限時間に間に合うからだったし、歩くだけだったからだろう。
 その原因が、睡眠不足だとかエネルギー切れだとかスタミナ不足だとか考えていたのだが、どうも低血糖症ではないかということが判ってきた。というのも、今回のレースで同じ症状を訴えていた方が周りに何人かいて、その症状(「眠たくなる」「意欲をなくす」)が似ていたからだ。お互い情報交換をしていた時、仲間の看護士の話から「それは低血糖症じゃないか」ということになった。その症状が出てきたのは、関門の70キロをクリアするために、その1キロ手前からペースを上げていた時だった。なんとか関門はクリアしたものの、その直後から、視点が定まらない、眠気が差す、目的達成意欲がなくなる等の状態になってしまったのだった。
 筋肉に糖分を送り込んでいるのだが、脳に糖分が回らなくなるとそのような状態になるらしい。糖分を摂れば回復することを後で教えてもらったけれど、既にレースは終わっていた。
 私はこのことから何を得たのか。ほぼ同じ条件で完走できた人がいたことに対しての悔しさなのか、体調を維持することの難しさなのか、自分の弱さに対しての苛立ちなのか、何も感じないのか、もう完走できないのではないかといった心理的な傷害(トラウマ)なのか、願望は達成できないということなのか。そんなさまざまな思いの中で失わなかったのは来年また挑戦する気持ちだ。
 完走する人たちと完走できない人たちとの差はなんなのか。自分にとってなぜ100キロマラソンは完走できないものなのか。73キロでも立派だと言って下さる方もいらっしゃる。私は3回チャレンジして3回敗戦したが、同じく3回チャレンジして3回完走できた人もいるし、それだけでなく、10回完走するとサロマンブルーといってブルーのナンバーカードを胸に付けて走ることができるのだが、そんな人たちがこの20年で100人以上いる。これから1年の課題だが、やはり完走することで意識の中の壁を破るしかない。
 完走者は言う。「誰でも完走できるよ!」と。どうしたら完走できるのかを聞いたら、簡単なこと。「走ること」だそうだ。
この100キロを6時間30分ぐらいで完走できる人がいることも知って欲しい。いつも思っていることだが、走れる気持ちは10キロの10倍ではないし、50キロの2倍でもない。つまり10キロ走れたから100キロ走れるわけではないし、50キロ走れたから完走できるわけではないのだ。
 私にとってサロマで完走できる可能性が高くなるのは80キロ過ぎてからだろう。それは大半の人がそうだからだ。サロマでは6つの関門が控えている。1つ1つをある時間の中で走らないといけない。勿論ゴールの制限時間も13時間と決められている。6つの関門と13時間がサロマの制限なのだ。
 今年は4つ関門を突破できた。残り2つ、それは体力の勝負だけではない。私に勝因があるとすればあとは自分の気持ちに打ち勝つことだけだ。6つの関門と13時間の制限は仕組まれた課題だし、その課題に体力と精神力で挑む。