「すべては人の縁」


  8月7日は奈良の東大寺の「大仏様御身拭い」の日である。大仏様のお掃除をするのだが、御身拭いなどおおよそ私には縁がなさそうな気がしたが、私がお付き合いしている方からお誘いを受けたのが縁で参加することができた。
 奈良に足を運んだのは初めてだったが、タクシーの中で運転手に「大仏様の掃除に来ました」と話しかけたら「それはえらいことですね、わたくしどもは経験したことがありません。」と言われたので、地元の人でも、そう簡単に参加できるものでもなさそうに思えた。大仏様の御身拭いに集まってこられた方は200人ぐらいなので、地元といっても誰でも参加できるようにはなっていないようだ。
 参加者の中には、参加して30年ほどになる方もおられるが、私が誘われた組の中で新しい顔ぶれは私ともう一人の2名だけだった。
 儀式は
  6:00〜 7:00   沐浴をするのだが、火祭りで有名な二月堂の傍にその場所があり、そこで白衣に
                     着替え、靴は草履に履き替えた。
  7:00〜 7:10   「般若心経」の読経
  7:10〜10:00   御身拭い
  終了後   開眼・読経
 ざっとこんなところだが、もちろん御身拭いの掃除担当の配分も決まっていて、私は大仏殿床及び基壇となっていた。床担当なので大仏様の上の方を掃除している埃を頭にかぶり続けた。新参者はそんなところだろう。わざわざ東大寺まで出向くのも、全ては人の縁だと思っている。
 人のご縁がなければこのようなことを経験することはない。振り返ると、全てといっていいくらに人のお誘いがなければ、おおよそ経験することのないものばかりだ。会社にしても、自分が会社を作ると思ってみたところで一人では作れなかった。設立時、本当にお世話いただいた方がいらしたが、お亡くなりになったので、お返しができないままだ。
 人の力添えがあるからできたことだし、今日会社が存続できているのも社員さんがいるからだ。また私がこうやって生活できるのも全て人のおかげなのだ。そうやって人が誘ってくれたり、助けてくれたりするのも、私の人間性を見てのことだろうから、私自身、まんざらでもないのかもしれない。
 私の性格は、誘われたら理由が無い限り断らないし、多少の無理があっても誘いにのるので、色々な方からお誘いしていただける。また人の紹介もそうで、たまたま知り合いから紹介されたりするのだから、人の関係は縁で結ばれているのではないかと思うほどだ。
 今回も東大寺学園の理事長の方を紹介いただいたりした。これも大仏様御身拭いのご縁だろう。実はこの東大寺学園が超名門校であることを、御身拭いに参加しておられる方からお聞きしたが、おおよそ会う機会がない方だけに驚いた。我が愚息もこの学園に入れるほど勉強ができれば安心なのだが・・・と、それこそ大仏様に祈願したい思いだが、御身拭いぐらいで祈願してはいけない気がした。
 おまけにこの先生は東大寺の傍の敷地にお住まいなのだ。ご自宅にお邪魔してもてなしを受けたのだが、帰りに部屋から出て玄関がわからず迷ってしまった。生まれてこのかたずっとここにお住まいだということだろうが、このような大きな家で過ごされて、東大寺の庭で遊んでいる姿を想像すると、人間は生まれる場所も決められているのだろうか、と思えてくる。