「問題解決もインターネット」


  最近携わったLANの接続でどうしても解決できない問題を2ヶ月ほど抱えてしまった。どうやっても解決できなかったのだが、どうして解決できたかというと、インターネットのQandAサイトで質問を投げかけて、返ってきた答えを試したら上手く接続できたのである。何か不思議な感覚にとらわれる。どのような人が答えてくれたのか、どんなことをしている人なのか、全くわからないのだ。見ず知らずの人に助けていただいたわけだから、非常に興味を持つし、想像力も働くし、直接話してお礼のひとつも言いたくなるが、それも不要な世界が今のネットワーク社会なのかもしれない。顔も見えず、声も聞けずだからすごい。
 コンピュータ上で稼働される業務ソフトの開発を20年以上もやっているが、このような問題の解決の仕方は、まさにインターネット社会を実感させる。以前は、問題が解決できないときは、メーカーに問い合わせていたし、ほとんどそれで解決できていた。少なくとも電話で声だけは聞けたので、少しは想像力も働いたし、声の調子で相手の感情も伝わってきたがそれもなし。
 今回全くの手詰まり状態だったのでQandAサイトを利用してみたのだが、これほど正確に答えてくれる人が世の中にいることに、驚きを覚えると同時に、どのような仕事をされている方なのか全く想像ができず、本当に不思議に思う。
 コンピュータのOSだとか、ネットワークだとか、データベースだとか、プログラムだとか全てメーカーはバラバラなわけだから、システム上の問題が発生しても、単純に解決できるものが少ない。どこに問題があるのか皆目見当もつかないことが多くなってきたのが実感だが、複雑で多岐に渡るが、もしインターネットがなければメーカー間の縦割りに阻まれて、問題の解決など恐ろしく時間がかかるだろう。
 今、インターネットがなければ、社会が成り立たなくなってきている。私はインターネットがまだない時代から、今のように手軽に使える時代を生きてきているのだが、私など、地図、鉄道、お店の検索程度の利用しかしていなかった。まさかインターネットがLAN問題を助けてくれるとは想像もしていなかった。
 しかし、複雑系とインターネット、人間社会とは不思議なものだと思う。問題もその複雑系の中で解決していくしかないわけで、どうぞインターネットを使ってくださいといって登場してくるのだからうまくできているように思う。
 このインターネット社会は情報のやりとり、あるいは写真、グラフィック、音楽の配信といったことができるが、感情の伝わりは希薄だろう。
 インターネットの発達は、複雑化する社会には必要不可欠な気がするが、これによってヒューマンコミュニケーションが不要ということにはならないだろうし、それどころかますますコミュニケーションの重要性の高まりを感じる。
 今回、問題解決の手段としてインターネットを利用したが、普段、日常生活の中で人間関係の上での問題はインターネットで答えを得たから解決できるというものではなく、解決の糸口、ヒントは求められても、相手と話をしないと解決できないことばかりであり、それが私の仕事である。一番難しいのはやはり人の関係だろうし、誤解も理解も全てコミュニケーションのあり方から発生している。今あるインターネットの利用の仕方も将来もっと変わっていくだろうが、うまく利用することはあっても、人間には感情があるので、その感情の部分には常に敏感でありたい。感情を読み取ることはコミュニケーションとしてとても重要な気がする。