「19年目で気が付いたこと」


  つい最近、経理の講習を受けた。決算書が書けるようになることを目的とした講習だったが、果たして僕みたいな年齢で受けるのはどうか悩んだのもあったが、思い切って受講してみると、いままでよく理解していなかった決算書と仕訳との関係が理解できた。分かってみると、もっと早く理解できていれば、きっと決算に対しての見方が違っていたと思うと自分は19年間、間違った考えを持っていたと素直に思っている。
 専門的なことは専門家に任せておけばいいと僕は信じきっていた。だから経理も会計事務所にお願いして安心していた。果たしてそれが大きな間違いだということに19年目で気づくとは思わなかった。財務処理を安易に考えていたところがあって、売上があって、費用があるのだから、その差が利益程度に考えていた。だからいつも税理士の先生には「よろしくお願いします」としか言ったことがなかった。「はいわかりました、ではここのところはこうしましたから」といった会話を交わして、決算を締めていたのだが、それが大きな間違いで、財務で出てくる数字の根拠を理解すると、自分がやっていたことは、実は考え方を変えなければいけなかったのだ。
 会社を運営していくこと、経営をやること、私は経営者として現場を見るだけで経営をやっていなかった。会社の経営だから売上を伸ばすことが最大の目的だと、以前もこの紙面を使って書いたことがあるが、それはまた果たすべき義務を負っているのだということの認識も甘かった。
 仕訳を見るといろんなことが分かってきた。これをこういう仕訳で起こしていれば、もっと違っていた。残念だが収益だとか費用、あるいは資産、あるいは資本、負債といったことがどう勘定されるかをあまりよく分かっていなかった。分からないことは専門家に任せるということしか考えていなかった。
 節税という言葉があるが、仕訳を見たときに、これもなにが節税で、どうすればより税金を少なくできるかということが分かっていれば仕訳も違っていた。それらのことが経営から抜けていた。課税所得があれば税金にもっていかれるのは当たり前、だから仕方ないじゃなか、それを自然に受け入れていた。もし節税という観点が頭にあれば、いや頭にあってもだめで、実際に数字をみて「この仕訳はどの費用ですか」という指摘だってできたのに、毎月送られてきていた仕訳リスト軽く見た程度で、ほとんどノーチェックで済ませていた。
 専門家がやるのだから間違いない、そう頭から決めてかかっていたが、そうではない、専門家は仕訳はできる。決算書の作成もできる。しかし運営していくのは専門家ではなく、ナビックが考えなければならないのだ。こうやって書くと当然のように思えるかもしれないが、一年間の財務仕訳を一回の決算書でケリをつけていたこと自体が大きな誤りにつながるのだということを痛いほど身にしみて感じている。
 皆さんに謝ります。経営のやり方が甘かった。技術屋が技術だけやっていたのでは、会社は運営できなくなる。数字を押さえ、自分の中でその数字の意味することを理解し、実感として捉えていかなければ、経営は成り立たない。
 売上が上がらなければ財務を見直す、これは鉄則なのだ。今からでも遅くはない、なんとか軌道修正をして正常な経営にしていきます。