「ツキを呼ぶ年初と年末」


  今年も11月になった。今年の初めに「ツキを呼ぶ魔法の言葉」というのを、この随想の中で書いたが、「ありがとう」、「感謝します」この言葉だけを言っていると、奇跡が起きる、そんなことを書いている本を紹介した。それから11ヶ月、私の周りでの出来事の中でツキはあったと思うことをお話しする。
 (1) あることで、非常に困った状態になったとき、どうしようもなくて、ある方に相談したら、快く応じていただけたのがツキ
 (2) 今月はお金が足りないので、どうしようかと思っていたら、銀行から電話が掛かってきて「融資の枠があります」という話があって、補うことができたのがツキ
 (3) すごく優良なお客様を紹介いただけて、契約することができたのがツキ
 (4) 大事なお客様との約束の曜日を間違えていたら、別な方から電話をいただいて、今日がその日だと4時間前に気づいたのがツキ。そのことがなければ、大事なお客様をすっぽかすことになっていた。たぶんすっぽかしていたら、いい加減な会社と思われていた。 
 忘れてしまったけれど、まだまだたくさんツイていた話はある。 
 ツキというのは、「ツキがある」「ツキがない」という言葉で使うことが多いが、「馬券をかったら万馬券だった」といえば、君はツイてるね、ラッキーだとか、運がいいねという。あるいは「万馬券が当たるなんて奇跡だ」という、奇跡という言葉を使ったりする。
 奇跡とは、常識では考えられない、不思議な出来事、と電子広辞苑には書いてある。奇跡はいいことが起こったときに使われるし、まさか交通通事故に突然あって、奇跡が起きたとは絶対言わない。「ツイてないね」とはいう。また運がいい、悪いとも言う。
 ツキとは、どんな漢字をつかうのか、漢字があるのか、語源はどこからきているのかわからないが、自然に使っているので、最初に「ツキを呼ぶ魔法の言葉」といったとき、「ああ、僕の人生はツイてる」そう思った。
 ツキを呼ぶというのは、ツイてる人、但し僕がそう思っているだけだけど、その人をみていると、やっぱりツイてるよなと思わせる人生を送っているし、外見にツキがあるかツキがないかが出てしまうものなのかもしれない。だから僕が他人から見られたとき、「こいつはツキがなさそうだ」と思われたら、いい話もなくなると思う。そう思われないために、いつも明るい顔をしていることが大事だけれど、なかなかできないのが自分だから、ツキも中途半端なのだろう。
 話を戻して、「ありがとう」「感謝します」の言葉を使っていると「ツキを呼ぶ」と今年の初めに紹介した本には書いてあった。それで、僕もことあるごとに、その言葉を念じていたら、こうやって振り返ってみると、「ツキを呼んでいる」という結論になり、やっぱりそうなのかと思っている。
 ただ、何もしなくてツキを呼ぶことはないと思っている。万策尽き果てた、とまで行かなくても、自分ができることをやっていれば、ギリギリになって、ツイてるほうに傾いているというのが僕の実感だけれど、これは、考え方次第という気もする。つまりなんでも、うまくいくと考えて行動しているだけなのだが、それでツキがあるからうまくいっているのかもしれない。